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それでもあなたの育てた子供なんですよ<岡山突き落とし>少年の父、涙の謝罪「息子が許せない」

この少年と同じ年齢の子供を持つ親として、悲しい事件である。

全く我が家と同じく、進学を希望する子供を貧乏な家庭である為、就職させた。

我が子は理解して、岩手の田舎から東京に巣立っていった。

2月から3、4月と寒さで溜まっていた不満が暖かさと共に、決意実行を促す季節なのではないでしょうか。

勿論季節関係なく、これから彼のような、無差別、理由無き、信じられない、常識では考えられない、事件が連鎖的、そして半病人予備軍が何処にでもいるので、これからこんな事件が多くなると断言できる。

今、社会自体が腐敗と汚職にまみれ、貧富、格差、勝ち組、負け組み、はっきり分かれ、これを打開すべきと政治の世界が、貧困層の心の叫びが今の現状なのではないでしょうか。

では、こんな悲惨な事件を防ぐ方法はないのだろうか。
俺は子供の教育はまずは家庭からと思っています。読み書き算盤は学校でも、一般常識、相手を思いやる気持ち、善悪区別など、家庭で忙しいのも判るが、常に子供の変化や、SOS信号を感じ受け止めないと、子供の心に歪みが生じます。

普通に見えていても、かならずどこかに歪みがあるものなんです。
子供って親に似るんですよ。親の姿を見て育つんですよ。

親子の会話が無くなり、やがて非行や、ひきこもりと成り、今回の事件のような惨忍な事件と成りかねないです。

お金じゃないんです、親の愛情なんです。


この↓リンク先のヤフーニュースの感想です。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080326-00000148-mai-soci

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岡山突き落とし少年謝罪息子が許せない」
3月26日21時1分配信 毎日新聞

 JR岡山駅で25日深夜、岡山県倉敷市笹沖、県職員、假谷(かりや)国明さん(38)が線路に突き落とされ、列車にひかれて死亡した事件で、一夜明けた26日、逮捕された少年(18)=大阪府大東市=の親(57)が、岡山市内で記者会見し、「他人に迷惑をかけるくらいなら、自分を傷つけてくれれば……」とを流し続けて謝罪した。

 少年は派遣社員の、パート勤務の母(56)と3人暮らし。会社員の兄(33)は独立しているという。一家は95年の阪神大震災で兵庫県尼崎市の自宅が倒壊し、大東市に転居した。

 「(少年は)小学校、中学校といじめられてきた」。家から離れた高校に進学を決めたのも「中学からの知り合いがいないほうがいい」と判断したためという。中学卒業後、「一度だけ『いじめたやつらに復讐(ふくしゅう)したい』と話したけど、『そんなことをするな』と言ったら納得した」。高校での生活は楽しそうだったという。

 しかし、経済的な事情で進学を断念した。事件前日の24日夜、自宅で食事中、茨城県の連続殺傷事件のテレビニュースを見ながら、「こんなことするなよ」と声を掛けると、「うん」とうなずいたという。

 25日朝は、ゲームをして、仕事に出かける両親を見送った。1日1回は息子と携帯電話で話していたは出勤後、電話をかけた。「就職活動、頑張れ」と励ますと、「はーい」と返ってきた。「普段と変わった様子はなかった」という。

 しかし、昼休みの電話には反応がなく、夜になっても帰宅しなかった。「自分の息子が許せない。被害者の方に本当に申し訳ないです」。は最後まで頭を下げ続けた。

 ◇   ◇

 一方、少年は県警の調べに対し、家出について「進学希望があったが、経済的な理由でであきらめたことも理由の一つ」と供述。岡山駅に来たことは、「大阪を離れたいと思い、行く当ても確認せず、電車に乗った」と供述しているという。

 今春卒業した同府北部の府立高校によると、少年は休み時間に1人で本を読んだり、勉強しているタイプ。1年の時に「東大に行きたい」、昨年9月ごろには「京大医学部に行きたい」と話したが、学校側は学力的に難しいとアドバイス。クラスで1、2番目の成績だったため、別の国立大学への推薦入学を勧めたが、昨年10月ごろ、経済的事情で進学を断念した。

 昨年12月、「経理関係の資格を取って就職先を探す」と簿記3級の試験を受けたが落ち、就職先が決まらないまま卒業。卒業文集の寄せ書きには「3年間いろんな意味でいろんな事があって楽しかった」と書いていた。





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